インド最初期仏教への誘い

現存するパーリ語仏教、経典「現上座仏教教団(スリランカ タイ ミャンマー国等の保持)」(上座部仏教の所蔵の論蔵アビダルマ、三蔵外の 清浄道論は除く。)からの引用による最初期に当たる仏教紹介。

在家者(一般仏教徒)で類稀な境地の持ち主チッタ居士(四禅を修めた)の例

インド最初期仏教への誘い

南伝大蔵経第15巻p460~

ネットですと光明寺経蔵 様

 『相応部』「六処篇」「チッタ相応」

全十経「病者面会経」(『相応部』41-10

https://komyojikyozo.web.fc2.com/snsav/sn41/sn41c01.htm

さてそのとき、チッタ居士は病気になり、苦しみ、激しく病んでいた。

ときに、数多くの、園林の神々、森林の神々、樹木の神々、薬草や草や大樹に宿る神々が集合し、来集して、チッタ居士へこう言った。

「居士よ、あなたは『私は未来のときに転輪王となるであろう』と誓願をたてなさい」と。

このように言われて、チッタ居士はそれら園林の神々、森林の神々、樹木の神々、薬草や草や大樹に宿る神々へこう言った。

「それもまた無常のものです。それもまた堅固ならぬものです。それもまた捨て行かれるべきものです」と。

このように言われて、チッタ居士の友人知己たち、親族血族たちはチッタ居士へこう言った。

「私は何か言ったでしょうか。あなたがたが私へこのように言うとは。

 『ご主人よ、正念をおこしなさい。うわごとを言ってはいけません』と」

 「きみよ、あなたはこのように言いました。

 『それもまた無常のものです。それもまた堅固ならぬものです。それもまた捨て行かれるべきものです』と」

 「そのとおりです。なぜなら私へ、園林の神々、森林の神々、樹木の神々、薬草や草や大樹に宿る神々が、このように言ったからです。

『居士よ、あなたは私は未来のときに転輪王となるであろうと誓願をたてなさい』と。

そこで私はこのように言ったのです。

「それもまた無常のものです。それもまた堅固ならぬものです。それもまた捨て行かれるべきものです」と。

「しかし、ご主人よ、それら園林の神々、森林の神々、樹木の神々、薬草や草や大樹に宿る神々は、いかなる道理を見てそのように言ったのでしょうか。

『居士よ、あなたは私は未来のときに転輪王となるであろうと誓願をたてなさい』と」

「それら園林の神々、森林の神々、樹木の神々、薬草や草や大樹に宿る神々には、このような〔思い〕があったのです。

このチッタ居士は持戒の善法者である。もし彼が願ったとしよう。私は未来のときに転輪王となるであろうと。清浄なることのゆえに、持戒者たる彼のその心の誓願は成就するであろう。如法なる者は如法なる果報を見るものだ』と。

それら園林の神々、森林の神々、樹木の神々、薬草や草や大樹に宿る神々は、この道理を見てそのように言ったのです。

『居士よ、あなたは私は未来のときに転輪王となるであろうと誓願をたてなさい』と。

そこで私はこのように言ったのです。

『それもまた無常のものです。それもまた堅固ならぬものです。それもまた捨て行かれるべきものです』と」

「しからばご主人よ、我々をも訓誡して下さい」

「しからばあなたがたは、このように学ぶべきです。

①『我々は仏陀に対する不壊の浄信をそなえた者たちとなろう。

かくのごとく、彼は世尊なり。応供、正等覚、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊なりと。

②我々は法に対する不壊の浄信をそなえた者たちとなろう。

世尊によって善説された法は、現見の、即時の、来見さるべき、導きの、智者たちによって各々知らるべきものであると。

③我々は僧伽に対する不壊の浄信をそなえた者たちとなろう。

世尊の弟子僧伽はよく行道している。世尊の弟子僧伽は正しく行道している。世尊の弟子僧伽は理趣に沿って行道している。世尊の弟子僧伽は如法に行道している。すなわち四双八輩たるこの世尊の弟子僧伽は、供食されるべき、饗応されるべき、供養されるべき、合掌されるべき、世の無上なる福田であると。

④また、何であれ家における与えられるべきもの、それはすべて持戒者たち、善法者たちと、分け隔てなく〔分かち合う〕ものとすべきだ』と、あなたがたは、このように学ぶべきです」

そしてチッタ居士は、友人知己たち、親族血族たちを、仏・法・僧、また施捨に関して訓誡すると、命終した。

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素晴らしい御説法でしたね。善哉 善哉 善哉。

「居士よ、あなたは『私は未来のときに転輪王となるであろう』と誓願をたてなさい」と。

『それもまた無常のものです。それもまた堅固ならぬものです。それもまた捨て行かれるべきものです』と」

このお言葉を拝見するかぎり、チッタ居士は相当な境地になられていたのではないか?と推測されます。

在家一般人の仏教徒にブッダ在世当時に釈尊が布薩の過ごし方(一般仏教徒の仏教への接し方。釈尊在世時には一般人にはヴィッパッサナー瞑想マインドフルネス瞑想等いわゆる気づきの瞑想とかは教えなかった。)を説く。part8 まとめ詩偈

インド最初期仏教への誘い

↑前回の続きです。

♪生類を殺すべからず。与えられていない物を取るべからず。

♪偽って語るべからず。飲酒者となるべからず。

 ♪非梵行と婬欲より離れるべし。

♪夜に非時食を食べるべからず。

♪華鬘を付けるべからず。香をたくべからず。

♪床、大地あるいは敷具に横臥すべし。

♪これを、八支を具えた布薩という。

♪〔それが〕苦の終焉へ至った仏陀によって明らかにされた。

 ♪美しい、太陽と月の両方は、

♪巡るかぎりを照らす。

 ♪それらは闇を除き、虚空を行く。

♪天で輝き、諸方を照らす。

 ♪およその財〔の輝き〕が、この〔日月の〕中に見出される。

♪真珠、宝珠、瑠璃、妙宝、♪またあるいは、シンギー金、カンチャナ金、

♪ジャータルーパ金、ハタカ金といわれる〔財の輝きが〕。

♪〔しかし〕八支を具えた布薩の、

♪十六分の一にも、それらは満たない。

♪月の光も、星の群も、全て。

♪それゆえ、持戒の男女は、

♪八支を具えた布薩に入り、

♪楽を生ずる功徳をなし、

♪非難されざる者たちとして天の場へ至る」

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基本、釈尊在世当時は、在家は瞑想やるならばサマーディ瞑想をやって、戒を守り、天界へ行かせるということなのでしょうね。

出家修行僧みたいにもう何処へも生まれ変わらないようにヴィッパサナ―瞑想など

やらなかったでしょうね。在家修行者など大半は、何処へも生まれ変わらないためのヴィッパサナ―瞑想など興味もなかったでしょうから。などで教えるほうも教えなかったと思われます。

まあこれは、宗教の世界ですね。上座部仏教教団が長年保持してきた経典の中にある話ですが。

「♪〔それが〕苦の終焉へ至った仏陀によって明らかにされた。」

上の釈尊の言葉にあるように在家一般人にとって戒を守ることが苦の終焉のための第一歩なのでしょうね。訳わからない瞑想などより先ず戒を守る。このことが先決なのでしょうね。

終わり

在家一般人の仏教徒にブッダ在世当時に釈尊が布薩の過ごし方(一般仏教徒の仏教への接し方。釈尊在世時には一般人にはヴィッパッサナー瞑想マインドフルネス瞑想等いわゆる気づきの瞑想とかは教えなかった。)を説く。part7 天界の膨大な寿命。

インド最初期仏教への誘い

↑前回の続きです。

ヴィサーカーよ、およそ人界の二百年、それが夜摩天の一昼夜です。

その夜による三十夜が〔一〕月です。その月による十二ヶ月が〔一〕年です。

その年による、天の二千年が夜摩天の寿量です。

しかしてヴィサーカーよ、ここなる一部の女性あるいは男性が、八支をそなえた布薩に入ったならば、身破れて死後、夜摩天の眷属へ生まれ変わるであろうという、このことは道理として存在します。

ヴィサーカーよ、これをも意図して、このことが言われたのです。

『人界の王権は、天の楽に比べれば哀れなものである』〔と〕。

ヴィサーカーよ、およそ人界の四百年、それが兜率天の一昼夜です。

その夜による三十夜が〔一〕月です。その月による十二ヶ月が〔一〕年です。

その年による、天の四千年が兜率天の寿量です。

しかしてヴィサーカーよ、ここなる一部の女性あるいは男性が、八支をそなえた布薩に入ったならば、身破れて死後、兜率天の眷属へ生まれ変わるであろうという、このことは道理として存在します。ヴィサーカーよ、これをも意図して、このことが言われたのです。

『人界の王権は、天の楽に比べれば哀れなものである』〔と〕。

ヴィサーカーよ、およそ人界の八百年、それが化楽天の一昼夜です。

その夜による三十夜が〔一〕月です。

その月による十二ヶ月が〔一〕年です。

その年による、天の八千年が化楽天の寿量です。

しかしてヴィサーカーよ、ここなる一部の女性あるいは男性が、八支をそなえた布薩に入ったならば、身破れて死後、化楽天の眷属へ生まれ変わるであろうという、このことは道理として存在します。

ヴィサーカーよ、これをも意図して、このことが言われたのです。

『人界の王権は、天の楽に比べれば哀れなものである』〔と〕

ヴィサーカーよ、およそ人界の千六百年、それが他化自在天の一昼夜です。

その夜による三十夜が〔一〕月です。その月による十二ヶ月が〔一〕年です。

その年による、天の一万六千年が他化自在天の寿量です。


しかしてヴィサーカーよ、ここなる一部の女性あるいは男性が、八支をそなえた布薩に入ったならば、身破れて死後、他化自在天の眷属へ生まれ変わるであろうという、このことは道理として存在します。


ヴィサーカーよ、これをも意図して、このことが言われたのです。

 『人界の王権は、天の楽に比べれば哀れなものである』〔と〕

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